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小倉競馬場
90年の軌跡

1900-1930

1908

戸畑競馬場(現在の北九州市戸畑区)で初の競馬開催

1919

新たに完成した三萩野競馬場(現在の北九州市小倉北区)に移転して競馬を開催

1931

小倉競馬場開設記念日

現在の北九州市小倉南区北方に北方競馬場(後の小倉競馬場)が完成し、開場式を挙行
敷地面積は三萩野競馬場の約3倍となり、
1周1,600mの芝コースに加えて障害コースも設置

1937

JRAの前身である日本競馬会が運営する小倉競馬場として最初の競馬開催

1940-1970

1944

戦局の悪化により小倉競馬場が閉鎖

1947

馬場等の復旧工事が竣工、戦後初の小倉競馬を開催

1954

日本中央競馬会が設立され、日本中央競馬会小倉競馬場となる

1955

日本中央競馬会設立後、最初の小倉競馬を開催

1960

第1回小倉競馬の3歳(現2歳)馬のレースから全国で初めてウッド式発馬機(現在の発走ゲートの原型)を使用

1963

小倉、八幡、戸畑、若松、門司の5市が合併し北九州市が誕生したことを受けて、「北九州市誕生祝賀記念」競走を実施

1965-67

“小倉三冠”競走が創設
(小倉競馬における古馬の平地ハンデキャップ重賞3競走)

・1965. 8.29 「第1回小倉記念」を実施
・1966.11.20 「第1回北九州記念」を実施
・1967. 8.20 「第1回小倉大賞典」を実施

1968

「小倉競馬場乗馬スポーツ少年団」が発足

卒業生からは2019年に日本ダービーを優勝した浜中俊騎手をはじめ多数のJRA所属騎手を輩出

1970-1980

1976

オンライン・ネットワークが完成し、第2回小倉競馬からトータリゼータ・システム(票数自動集計システム)を導入

1981

「小倉競馬場開設50周年記念式典」を実施

1981

「第1回小倉3歳ステークス(現小倉2歳ステークス)」を実施(重賞に格上げ)

1983

競馬場諸施設工事のため休催していた小倉競馬が1年7カ月ぶりに再開

1984

グレード制導入により、小倉記念、北九州記念、小倉大賞典、小倉3歳ステークスがGⅢに格付け

1985

北九州モノレールの開通を受けて、モノレール入場門を新設

1987

砂コースの調教馬場を競走用コースとして改修し、第1回小倉競馬からダートコースの使用を開始

1987

日本中央競馬会の略称「JRA」およびシンボルマークを制定

1988

全国で8番目となるターフビジョン(大型映像ディスプレイ)の運用を開始

1990-2000

1991

第3回小倉競馬からマークカードによる勝馬投票券発売を開始

1993

「北九州市制30周年記念競走」を実施

1994

外国人騎手に対する短期免許交付適用第1号として女性騎手のリサ・クロップ氏が第3・4回小倉競馬に参戦

1995

新設した第3立体駐車場の利用を開始

1997

武豊騎手が北九州記念をダンディコマンド号で優勝し、JRA史上最短・最年少で重賞100勝を達成(第2回小倉競馬第4日)

1997-99

小倉競馬を休催し馬場改造とスタンド改築の整備工事を実施
(工事期間中は仮設投票所にて営業)

1999

リニューアルオープン後の最初の小倉競馬を開催

モノレール競馬場前駅からスタンド直結の連絡通路が完成

1999

武豊騎手騎乗のアグネスワールド号が芝1200mのJRAレコードで優勝

再開初日の「小倉競馬場新装記念」北九州短距離ステークスを武豊騎手騎乗のアグネスワールド号が当時の芝1200mのJRAレコード(1:06.5)で優勝

1999

「第1回小倉サマージャンプ」(J・GⅢ)を実施

2000

第2回小倉競馬第7・8日に騎手招待競走「アジアジョッキーズ」を実施

2003

第2回小倉競馬第1日から「全36レース発売」(1日12レース×3競馬場)がスタート

2004

JRA創立50周年記念「ゴールデンジュビリーキャンペーン」の一環で、小倉記念(第3回小倉第2日)を記念競走として実施
同日に名馬メモリアル競走として「グリーングラスメモリアル」も実施

2005

メイショウカイドウ号がこの年の小倉大賞典、北九州記念、小倉記念を全て優勝し、史上初の同一年での“小倉三冠”を達成

2007

武豊騎手2,944勝を達成

第2回小倉競馬第3日の第12競走において武豊騎手がJRA史上最多勝利記録となる2,944勝を達成

2007

馬インフルエンザにより第3回小倉第3・4日が開催中止(新潟競馬・札幌競馬も中止)

2009

韓国馬事会釜山慶南競馬公園と姉妹競馬場の提携書に調印。以降、毎年交換競走を実施

2010-

2011

東日本大震災の影響により、第2回小倉競馬第5・6日(3月12・13日)が開催中止(中山競馬・阪神競馬も中止)
3月19日から27日まで「東日本大震災被災地支援競馬」を小倉競馬場と阪神競馬場で実施

2013

「北九州市制50周年記念」競走を実施

2014

JRA創立60周年記念事業の一環として、小倉競馬場メモリアルホースにメイショウカイドウ号を選出。キャッチコピーは「玄界灘の風雲児」

2018

小倉記念当日(第2回小倉競馬第4日)に40,196人のお客様が来場し、最多入場人員を記録

2019

キャッシュレス投票サービス「UMACA投票」を導入

2020-2021

新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、2020年第2回小倉競馬および2021年第1・2回小倉競馬を無観客競馬として実施

2021

小倉競馬場開設90周年

「90年の軌跡スペシャルムービー」公開中
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戸畑競馬場

1908 明治4年 7月25日

戸畑競馬場(現在の北九州市戸畑区)で初の競馬開催

福岡県遠賀郡戸畑町字名古屋崎(現・北九州市戸畑区)に競馬場を建設し、社団法人・東洋競馬会が競馬を開催。第1回開催は4日間で2万5910人を集める盛況だったが、同年10月に馬券禁止令が通達され、政府からの補助金により運営された。

三萩野競馬場

1919 大正8年 12月5日

新たに完成した三萩野競馬場(現在の北九州市小倉北区)に移転して競馬を開催

東洋製鉄の要望により戸畑競馬場を譲渡し、その売却益で三萩野に競馬場を移転。1919年から小倉競馬倶楽部が競馬開催を行う。1923年に旧競馬法が成立して馬券発売が許可されたこともあり三萩野競馬場は発展していく。

北方競馬場

1931 昭和6年 7月4日

小倉競馬場開設記念日

現在の北九州市小倉南区北方に北方競馬場(後の小倉競馬場)が完成し、開場式を挙行
敷地面積は三萩野競馬場の約3倍となり、1周1,600mの芝コースに加えて障害コースも設置

手狭になった三萩野競馬場を企救町(現・北九州市小倉南区北方)にあった約11万4000坪の用地に移転。その敷地面積は三萩野競馬場の約3倍の広さで、1周1600mの芝コースや障害コースも設置された。

1960 昭和35年 7月2日

第1回小倉競馬の3歳(現2歳)馬のレースから全国で初めてウッド式発馬機(現在の発走ゲートの原型)を使用

1931年の開設以来老朽化が進んでいた施設の改善工事が行われていく。また、当時の中央競馬のスタートはバリヤー式(網をコースの内外にはりバネで前方に跳ね上げる方式)で行われていたが、1960年7月2日から他場に先駆けてウッド式発馬機(現在のゲートの原型)が使用された。

第1回小倉記念(優勝:ヒロタカクマ号)

第1回小倉大賞典(優勝:クリバツク号)

1965-67 昭和40年-42年

“小倉三冠”競走が創設
(小倉競馬における古馬の平地ハンデキャップ重賞3競走)

・1965. 8.29 「第1回小倉記念」を実施
・1966.11.20 「第1回北九州記念」を実施
・1967. 8.20 「第1回小倉大賞典」を実施

1965年8月29日に小倉競馬場初の重賞となる第1回小倉記念が行われた。翌1966年11月20日には第1回北九州記念、1967年8月20日には小倉大賞典を実施。いわゆる“小倉三冠”(小倉の古馬平地重賞)がそろった。

1981 昭和56年 7月7日

「小倉競馬場開設50周年記念式典」を実施

1981年7月7日「小倉競馬場開設50周年記念式典」が行われた。植樹が行なわれ、式典やパーティーに集まった関係者たちは昔を懐かしみ、移転、閉鎖、接収、返還、売上不振といった様々な出来事を乗り越えてきた先人を称えた。

第1回小倉3歳ステークス(優勝:ホクトマツシマ号)

1981 昭和56年 8月30日

「第1回小倉3歳ステークス(現小倉2歳ステークス)」を実施(重賞に格上げ)

小倉開催における若駒のチャンピオン競走として実施されてきた小倉3歳S(現・小倉2歳S)が重賞に格上げ。第1回の優勝は久保一秋騎手が手綱を握ったホクトマツシマ。

1988 昭和63年 1月26日

全国で8番目となるターフビジョン(大型映像ディスプレイ)の運用を開始

すでに東京競馬場などに設置されていたターフビジョンが1988年1月26日に小倉競馬場にも設置された(全国で8番目)。縦8m×横15mの大型ビジョンに映る競走馬の熱戦は小倉のファンたちをおおいに沸かせた。

1994 平成6年 7月-9月

外国人騎手に対する短期免許交付適用第1号として女性騎手のリサ・クロップ氏が第3・4回小倉競馬に参戦

1994年に外国人騎手の短期免許交付制度がスタート。その第一号としてニュージーランドのリサ・クロップ騎手が6月に来日し、夏の小倉開催で9勝をあげる大活躍。「小倉ターフ賞・特別賞」を受賞した。

1997 平成9年 7月20日

武豊騎手が北九州記念をダンディコマンド号で優勝し、JRA史上最短・最年少で重賞100勝を達成(第2回小倉競馬第4日)

1987年にデビューをすると過去の騎手記録を次々と塗り替えてきたのが武豊騎手。デビュー11年目の1997年7月には、ダンディコマンドで北九州記念を優勝して、JRA史上最短・最年少で重賞100勝を達成した。

プラザ99 作:松本零士氏

1999 平成11年 7月17日

リニューアルオープン後の最初の小倉競馬を開催

モノレール競馬場前駅からスタンド直結の連絡通路が完成

2年近い工事を終えて1999年7月17日に小倉競馬場がリニューアルオープン。地上6階地下1階の全面ガラス張りスタンド、駅からスタンドに直通する構造に旧スタンドの面影はまったくなく小倉の競馬ファンは驚かされた。

1999 平成11年 7月17日

武豊騎手騎乗のアグネスワールド号が
芝1200mのJRAレコードで優勝

再開初日の「小倉競馬場新装記念」北九州短距離ステークスを武豊騎手騎乗のアグネスワールド号が当時の芝1200mのJRAレコード(1:06.5)で優勝

新装初日(7月17日)の小倉競馬場新装記念・北九州短距離Sを武豊騎手騎乗のアグネスワールドが1分6秒5のJRAレコードで優勝する。当日の入場者2万6134人も小倉の土曜日開催の最多入場人員記録だった。

第1回小倉サマージャンプ(J・GⅢ)(優勝:ロングイカロス号)

1999 平成11年 7月18日

「第1回小倉サマージャンプ」(J・GⅢ)を実施

障害競走の重賞にジャンプグレードが導入された1999年に小倉サマージャンプ(J・GⅢ)が創設された。7月18日の第1回はロングイカロスが優勝。植野貴也騎手が重賞初制覇とJRA通算100勝を同時に達成して新重賞に話題を添えた。

2000 平成12年 8月5日-6日

第2回小倉競馬第7・8日に騎手招待競走「アジアジョッキーズ」を実施

従来は中京で開催されていた「アジアウィーク」が2000年は小倉で実施され、国際騎手招待競走2レースが行われた。8月5日のマカオジョッキークラブTは福永祐一騎手が1着、6日のホンコンジョッキークラブTでは香港のチェン・チョン・タット騎手が1着になっている。

小倉大賞典(2月6日:第1回小倉競馬第6日)

北九州記念(7月17日:第2回小倉競馬第2日)

小倉記念(8月14日:第3回小倉競馬第2日)

2005 平成17年

メイショウカイドウ号がこの年の小倉大賞典、北九州記念、小倉記念を全て優勝し、史上初の同一年での“小倉三冠”を達成

武豊騎手が手綱をとり2005年2月の小倉大賞典と7月の北九州記念を優勝したメイショウカイドウが8月14日の小倉記念に出走。見事に優勝して同一年度の小倉古馬(平地)重賞すべてを制する“小倉三冠”を達成した。

第1回小倉サマージャンプ(J・GⅢ)(優勝:ロングイカロス号)

2007 平成19年 7月21日

武豊騎手2,944勝を達成

第2回小倉競馬第3日の第12競走において武豊騎手がJRA史上最多勝利記録となる2,944勝を達成

武豊騎手が2007月21日小倉第12レースの有明特別(ヒシワンスモア)を勝利。これで武騎手のJRA通算勝利数は2944勝となり、岡部幸雄元騎手の持つJRA通算最多勝利記録を上回った。デビュー21年目、38歳での記録樹立であった。

第54回小倉記念(武豊騎手騎乗のトリオンフ号が優勝)

2018 平成30年 8月5日

小倉記念当日(第2回小倉競馬第4日)に40,196人のお客様が来場し、最多入場人員を記録

2018円8月5日、メインレースに小倉記念が組まれた小倉競馬場には4万196名が来場し、従来の記録(1997年2月16日、3万6745名)を大幅に上回る入場人員レコードを記録した。なお4万196名のうち1万2944名が女性であった。

2021 令和3年 7月4日

小倉競馬場開設90周年「90年の軌跡スペシャルムービー」公開中